インテル (Intel Corporation)
インテル (Intel Corporation)は、世界最大の多国籍半導体メーカーである。本社所在地は米国カリフォルニア州のサンタクララ市である。Intelという名称は「Integrated Electronics」からきている。スローガンは「Leap ahead(日本語ではさあ、その先へ。)」。NASDAQに上場 (INTC)している。
主に、PC/AT互換機ならびにアップルコンピュータ製Macintoshといったパーソナルコンピュータ (PC) 用のCPUであるi8086シリーズの流れをくむIA-32と、IA-64、AMD64と、互換性のあるIntel 64などのマイクロプロセッサやチップセット、フラッシュメモリなどを製造・販売している。1990年代末からは多方面のコンピュータ関連ハードウェア事業に展開している。1990年代後半から現在に至るまで、世界第1位の半導体メーカーとして君臨し続け、特に世界CPU市場ではここ数年80%近いシェアを維持している[。
また、カリフォルニア州サンノゼ市にある半導体製造工場には、インテルの歴史を紹介しているインテル博物館を併設。日本語での音声案内もあるので日本人にも見学しやすい環境となっている。
日本法人
日本法人であるインテル株式会社は茨城県つくば市に本社を置く。
1971年に渋谷区に設置された米国法人の日本支社が前身。その後、1976年4月28日にインテルジャパン株式会社が設立され、1997年2月1日に現在の商号 インテル株式会社に変更した。
歴史
1968年にフェアチャイルドセミコンダクターを退職したロバート・ノイス、ゴードン・ムーア(ムーアの法則で知られる)、アンドルー・グローヴらが設立。当初は半導体メモリの開発・製造・販売を目的としていた。
1969年に64ビットSRAM 3101を開発。1970年に世界最初のDRAM 1103を発売。1971年にUV-EPROM 1702を発表し11月15日世界最初のシングルチップCPUである4004(4ビット、741KHz、2300Tr)を完成。1974年4月1日に8080(8ビット、500KHz、4800Tr)を、1978年6月8日には8086(16ビット、5MHz、29000Tr)を、1979年には8088をそれぞれ発表。IBMが1981年に発売したIBM PCが大成功を収めたことで、マイクロソフトとインテルは神話的な急成長をはじめる。2006年にはPC陣営に対する長年のライバルであったモトローラとIBMのCPUを採用し続けていたアップルコンピュータのMacintoshのCPUもインテル製のものに切り替わった。
2006年にロゴ (CI) とスローガンを刷新した。新ロゴは、創業時から使用されてきた「ドロップ -e」ロゴと1991年に登場し、CMなどで使用された「Intel Inside」ロゴを融合・発展させたものである。[4]
製品開発と製造
製品の開発傾向
インテルは過去の製品の方向性を総合すると、中道を嫌う方針をとると考えられている。現行の手法が効果的でないと結論に達すると、現状に改良を加えるという中間解の手法をとらず、猪突猛進型の方針転換を行う事がしばしばある。(社是参照)
ニセ486 ニセPentium
それまでもあったニセCPUが、1990年代の初めにはニセ486やニセPentiumが大量にアジアの闇市場に出現して対策に苦慮した。これらはリマーク品といわれ低性能品のセラミックパッケージ表面の型番印刷を上手に削ぎ落とし、高性能品の型番を印字し直されたものであった。良案はホログラムを貼り付ける方法であったが当時のCPUパッケージには貼るスペースが全くなかった。新たなPentiumファミリーであるPentium IIとPentium III、Celeronではその二次キャッシュの実装問題と互換CPU問題をあわせて一挙に解決する方策としてCPUパッケージにSECC (Single Edge Contact Cartridge) やSEPP (Single Edge Processor Package) が採用された。
CPUのクロック競争とマルチコア化
CPUを製造する半導体メーカーは最初のCPU 4004の時代から宿命的に性能向上の手法として動作周波数(CPUクロック)の高速化が求められ、インテルは常に、時に求められる以上に高速化を推し進めてきた。数百KHzの初期世代からやがてMHzからGHzで数えるまでになった。他社とのクロック競争を常にリードしてきたインテルは2000年前後にはクロックの物理的な限界に行き着いている自覚を持った。動作周波数の高速化は現在の半導体プロセスの主流のCMOSでは消費電力が完全に比例する。これは、プロセスルールの微細化が面積当り消費電力に二乗で効いてくるのと合わせれば、光速度でも1GHz相当の時間内に30cmしか伝播できない物理法則による高速半導体設計の制約以前に、まずCPUダイが自らの熱で溶ける可能性が目前の危機となった。この問題の究極の回答として、単一CPUコアのこれ以上の無理な高速化を避けて、複数のCPUコアによる並列的な動作によって性能向上を図る道を採った(マルチコア化)。デュアルコアやクワッドコアの新世代Pentium系CPUによって新たなコア数競争の時代に突入した。
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